蒼が泣いていた。
俺を激しく貫きながら、俺を受け入れて狂おしく嬌声
を上げながら、透明な、余りに透明な涙を流していた。
その涙の意味する処は、俺の胸を激しく締め付けた。
京介と初めて肌を合わせたのは恒河館の一件から暫く
後。珍しいあいつからの誘いについ連立って呑みに行っ
て、後は成行き任せ。我に帰ると種馬宜しくあいつの上
でせっせと腰を動かしていた。
「性欲処理まで手近で済ませる気かよ」
「でも、悪くは無かっただろ?」
悪ぶって笑うあいつに枕をぶつけて。終わった後こう
いう調子で睦言なぞ無いのだから、勢い激しく燃えるだ
け燃えて後は自然なものだ。性欲処理だけの関係、と割
り切ったつもりだった。途中何処をどう間違えてか俺の
身体も開発されてしまったが。
でも、いつか本能的に気付く。
京介が俺と肌を重ねるのは、只性欲処理の為に、では
無いと。
それが判ったキッカケは、コトが終わった後のあいつ
の微笑。欲に狂った忘却の笑みではなく、欲しいものを
やっと手に入れた充足の笑みだったから。
俺はそれでいいとして、蒼は?神代さんは?
神代さんとあいつの関係はおおよそ見当がついていた。
まあ納得できない話ではない。あいつが神代さんと対等
になる為には必要な過程だったかも知れないから。
でも、蒼の場合は?
あいつにとって蒼は守るべき「家族」の筈だ。そりゃ
確かに今は成長して俺達と互角の存在になりつつはある。
しかし、「親」にとって「子供」はいつまでも「子供」
の筈、だ。
マサカ、育ッタカラコソ、誘イ込ンダノカ?
不穏な考えに俺は不意に背筋を寒くする。
最初からあいつは蒼に抱きしめて欲しいが為に引き取
って育てたと言うのか?馬鹿な。余りにも馬鹿げた妄想
だ。何度も何度も否定するが、影は中々頭を離れない。
万が一俺の想像が図星だったとして、じゃ、何の為に
?それまでにも散々傷付いた蒼の心を優しく直すふりを
して、更に傷付けるように仕向けていく事が、俺の知っ
ている桜井京介にできるんだろうか?
できるとしたら、選択肢は二つ。
あいつは究極のナルシストで、自己愛を投影させる鏡
としてのみ蒼を必要としていた、のか。
それとも、蒼と一緒に傷付いて、その痛みを共有する
事で絆をより深めようとした、のか。
いずれにしても…始末に負えんな。
いっそ本人に確かめよう。いかなる結果を招くか判ら
んが、同道巡りで悩むよりいい。そう思った矢先、あい
つから電話してきた。
「会いたい。今から言う場所にきてくれ」
場所と時間だけ言うといきなり切りやがった。待ち合
わせはホテルの一室。身体の熱りも鎮めようって魂胆か。
部屋に入るなり抱きつかれて口を吸われ、脈動を揉み
しだかれる。俺の理性も速やかに目を閉じ、後は本能の
赴くままに交わりあう。京介の肌に既に散った花弁。神
代さん?蒼?相手を想像した瞬間、完全に頭の中が白く
なった。
「自分には欲望なんて無い、と思っていたよ」
いやに遠くで声が聞こえる。
「でも、君達に会ってから…その存在を認めざるを得
なかった。皆、一度獣になってしまったら何か判るかも
知れないね」
「蒼が傷付いても、か?」
俺の台詞に京介はしがみつくように抱きついてきた。
その身体の熱さに再び我を忘れ、二人してまた夜に溶け
ていった。