さくらはらはら
時は定かにあらねども元禄の頃と思し召せ。
其の旅芝居の一座は大層の評判を取っていた。座長の
神代宗太夫の器量もさる事ながら、立女形の桜井京奴の
艶姿に老若男女心を乱され、それに加え見世物強力の栗
山熊春の客あしらいの上手さでいずこの地でも連日押す
なの賑わいであった。
その他にも芸人はいたのだろうが、この三人の輝きに
眩んで姿も見えぬ。やんごとなきお方からもお呼びがか
かったとかかからぬとか言う埒もあかぬ噂も流れる事し
きりである。
其の一座に又新しい花が咲いたと評判になり…今日も
今日とて客の切れ目は見えぬのだ。
「蒼、其の軽業、とこで覚えたんだえ?」
京奴が新入りの軽業の若者・蒼に問い掛ける。舞台化
粧も今は落とし、着物も心持寛げて透き通る肌を露にし
ている。
「門付けで覚えただけですよ。軽業なんて立派なもん
じゃありませんや」
対する蒼、栗色で癖の強い髪を短めのザンバラにして
いる。
「お前…長崎から流れてきたんだったね…?どうだえ、
ここの居心地は?」
「拾ってもらった其の日からここがおいらの居場所で
す。文句なんて、そんな」
顔を真っ赤にして答える蒼。其の頬が赤く染まったの
は答えに詰まっただけではなく、京奴の肌が露だった所
為もある。
其の夜の事である。
「オウ、稽古熱心だなあ」
「熊春の兄さん。何、ほんの浚いでさぁ」
昼間の芸を浚っていた蒼に熊春が声をかけた。もう寝
ようというのか下帯一丁に浴衣を引っ掛けただけの姿で
ある。
「兄さんこそどうしました?」
「お前にちょいと教えてやりたい事があってな」
言うが早いか素早く忍び寄り、後ろ手に羽交い締めす
る。
「色の道ってぇ奴をよ。まだ初穂は散らしちゃいめぇ?
有難く頂戴してやろうかってな」
「何を……止めて…兄さん…あっ…」
舌を絡め取られて気が遠くなる。体格の差もあるだろ
うし、何よりもまだ初心な身体の事である。熊春の手管
に我を失いかけ、身を委ねてしまいそうになった其の時
である。
「熊、座長がお呼びだよ」
京奴が冷ややかに声をかけた。
渋々と去る熊春の背中を見ながら京奴はやれやれと首
を振る。蒼は其の間に着物の乱れを見苦しくない程度に
整える。息はまだ少し荒い。
「男に言い寄られたのは、初めてかえ?」
「ええ。門付けの間に其の家のおかみさんから言い寄
られた事はありましたけど…」
「それじゃ初穂は?」
「まだですよ。おいらを欲しがってくれなきゃ…。皆、
男が欲しかっただけでさぁ」
寂しそうな呟き。
「京奴姐さん。おいらを、欲しがって貰えますか?」
「あちきでよけりゃね」
吃驚して、見返す瞳。
「一目見た時から欲しかったしね。只、初穂程度は生
娘にくれてやろうかって思っただけさ。我慢できなかっ
たけどね」
「姐さん…」
「おいでな。あちきの知ってる色の手管、教えてあげ
ようじゃないか」
着物の裾を割り、蒼の下帯に京奴の手が伸びた。
筵の上に乱れる衣。其の上に一糸纏わず京奴と蒼が横
たわる。京奴の肌に散らされる桜よりも尚紅い花弁。
「ん……っあっ…蒼、来ておくれな」
足を広げ、隠し所も露に誘う。顔形には不似合いに立
派なものも揺れているが。
「姐…さ…ん…っ…!」
蒼の初穂は、京奴の中で見事に果てた。