洗濯籠を見た瞬間、変な違和感があった。
いつもと同じ一日置きの分量の筈、と思いながら一枚ずつ引っ張
り上げてみる。ああ、何だ。下着が一枚余分にあったのか。
私がいつも着るメーカーの白いTシャツが増えていた。無意識の
内に着替えていたんだろうと籠に戻そうとした瞬間、不意打ちを食
らった。
微かに漂う、臨床犯罪学者の残り香…。本能を呼び醒ますには、
充分過ぎた。
「フェロモンのつもりかい、アホが!」
悪態を吐いた処で一度反応した躯が鎮まるとは思っていないが、
なけなしの理性で抵抗を試みる。思う壺の欲情では余りに悔しいし
虚しい。
思えば学生時代、口車に乗せられて見事に菊を散らされて以来、
この関係では操縦されっぱなしだ。幾ら和姦の関係だといえ、流石
に10年身勝手をされれば腹立たしさも一入ではない。
置いた覚えの無いキャメルのボックスが予期せぬ場所から出現し
た事も屡々。壁に染み付いたその香り共々、理性では『ああ、マー
キングか』と笑えても、こういう場合には腹立たしい。
「ジェラシー程、口に出せんのかい!…ボケが」
同じ感情を私が抱かないとでも思っているのだろうか?彼が私の
周囲に嫉妬していると言うのなら、私の嫉妬の方が尚更深い。女性
にもよくおもてだし、下手をすれば男にだってフェロモンをバラ撒
いてるんじゃないのか?こっちは嫉妬の妬き損と言うものだ。
一向に鎮まらない躯を持て余し、玄関を閉め、カーテンを閉め、
全てを脱ぎ捨てて床に転がって自分を慰める。思惑に填まって悔し
いが、彼の脱け殻に顔を埋めて、彼の手を思いながら。
ふと目の前にかざした腕を見ると思ってしまう。中年太り程醜く
くはないが、肉体の変化には抗い様が無い。こんな躯の何処に興奮
しているんだか。まだ自分の興奮の度合いを腹越しに見られるだけ
マシか。
床でやって正解だった。あいつの事だ。ベッドにも仕掛けをして
いただろう。それも完全に理性が吹き飛ぶような…。
一度鎮めた躯を伸ばし、微睡みを貪っていると不意にチャイムが
鳴る。急いで下着とズボンだけを纏いドアを開けると、憎っくき臨
床犯罪学者殿が飄々とした顔で立っていた。
「よう」
「珍しいな。前触れなしに二日も空けずやなんて」
「一寸結果確認にな」
素っ気もない口調の割に、目は悪戯っぽく輝いている。
「まずは一回か。元気だな、歳の割に」
「……アホ。さっさと部屋入れ!」
誰が見ても普通の30男の会話ではない。初々しい、周囲が目に
入らないカップルの会話だ。ドアの隙間から滑り込み、素早くロッ
クする。
「カメラ迄仕込んだんちゃうやろな?」
「お前の乱れた姿を映して売り飛ばすって?誰が得をするよ?」
「お前や!ついでに一本ガメて一人寝の友にするんやろ!」
ぶすくれて、彼の方に向けた背中が生温かくなる。
「そんな勿体ない事、するもんか」
躯全体を密着させて来るから、彼も元気なのがよく判る。
「俺のシャツで乱れてくれてるお前を思って……興奮するだけさ」
「…だ、第一やな!俺がシャツに気ぃ付かんかったらどうするつ
もりやってん?」
「アリスはそう言う処マメだからな。成功は確信してた」
「ベッドにも仕込んどった癖してからに」
「冴えてるな、何時に無く。サポーターを、ね」
「お前のナニの臭い嗅ぎながらせぇってか…?ド変態!」
火村…知性が泣くぞ?愛欲に燃える時は変態全開ってかい?
「欲しがって貰えれば萌えるしな…。幾つになろうが、な」
淫らに微笑みながら衣類を脱ぎ去ってゆく。自らの興奮を見せ付
ける様に。均整のとれた、男でさえ惚れぼれする肉体だ。さっき変
態と口走りはしたが、この躯のエキスに包まれての慰めというのも
好かったかも知れない。……相当染められたな。
結局は欲しかったので手を伸ばし、勢い良く起立している御子息
を口に含む。ん?
「何や。一度出した後かいな。お前こそ我慢が利かんかったんや
ろ」
「まあ、な…」
ほう?珍しく歯切れが悪いし、頬も紅い。この機会を逃す手はな
い。いつもの意趣返しと行こう。
「先にイったお仕置き、させて貰おうか?今日は俺に挿れさせ!」
「…いいぜ」
予期せぬ返事に、目が点になった。
「仕掛けたのは俺だけど…想像していたら、妙な気になってしま
った」
私の手を後に導きながら、珍しく咄々と語り出す。
「お前が一人でしているのを想像していたら、俺もお前を感じた
くなった。…初めてだよな。いつもお前が下って言うのが普通だと
思ってた」
「俺もや。何でやねん、てツッコミながら、火村の下のんが気持
ち好かったしな」
「それもだよ」
「どれ?」
「俺の呼び方。俺は名前で呼んでるのに、お前は名字でしか呼ん
でくれないのな。そう思ったら、…手が止まらなかった」
意識してなかったな、そう言えば。そう思いながら花弁に手を伸
ばしているのは我ながら好き者の証明か。…かなり、解れている。
「自分でやってたんか?」
「…お前のを思い出しながら。俺の名前呼ぶの、嫌?」
「嫌や無いけど、照れ臭いわ」
「照れる照れないの歳じゃないだろ、お互い。…せめて挿れてる
時だけで良いから、呼んでくれって言ったら?」
…か、可愛い。こんな火村…いや、英生を見るのは初めての様な
気がする。
考えてみれば、私達の間には意識していない空間が常に存在して
いたのかも知れない。AとH、アとヒ。その自乗。確かにそれだけ
の距離を感じた事はある。だから、今の英生を見て改めて知る。自
分が、この男をどれだけ欲しているのかを。
「ひ、で、お?」
怖ず怖ずと呼び掛けただけで、頬の紅潮が一層高まる。それを見
てこっちも制服欲が目覚めてくる。花弁もしっかりと解れ、蜜まで
含んでいるようだ。
「今夜だけと言わんと、ずっと呼んだる」
びっくりして見返す瞳が、また愛らしさをそそる。
「夜になったら、な」
その場の主導権を握った私の肩に埋めた顔から息遣いが漏れる。
『バ、カ』
その翌日、私はフィットネスクラブに入会した。ダイエットと、
夜の体力造りの為に。今までの分とは言え、7回抱いて3回抱かれ
るのは…流石に堪えた。