…ェッくしょい!
我ながら呆れる盛大なくしゃみに咽る。そして、
耳元に冷たい声。
「普通はさ、咄嗟に手で口を覆わないかなぁ」
見なくても判ってる。俺の唾と鼻水をまともに浴
びたカズミの額に何本青筋が立ってるか、なんて、
解説も要らない程に良く判ってる。
「ずまね」
「寝る時に布団、ちゃんと被ってる?温かいもの
ちゃんと食べてる?」
それでも心配そうに覗き込むカズミが視界に入る
と、どうにもいけない。熱が上がるってぇの。
「ガレンダー見でいっでる?ガズミ」
「ああ、そうだったね」
俺のバイトの給料支給日は毎月1日。でも、2月
1日は生憎土曜日だったりする。その場合、繰り上
がって支給、と言う甘い事態はないんだよな。月末
払いになっちまうから。
加えて、お袋からの仕送りも、来週じゃ無いと入
らない。この状態で風邪をひいても布団に入って寝
ちまうしか出来ない俺だ。風呂にも3日間入れてい
ない。
「じゃ、うちに来る?」
誘ってくれるのは有り難いよ。有り難いけど、カ
ズミの場合、誘ってくれた後が問題なんだ。日曜日
に一緒に出かける約束をしてカズミんちに泊まって
俺の筋肉痛で予定が流れた事は数知れず。あ、言っ
とくけど交替でやった上で俺が筋肉痛になってんの
ね。カズミはもう全然残らないみたい。
そう言う実績があるのを判った上で首を縦に振ら
ない俺に苦笑しながら囁く。
「病人を襲う趣味はないから、おいでよ。体も綺
麗にしたいでしょ?」
「だじがに」
臭いに関してはもう…俺って、それでなくてもや
や体臭きつめみたいだし。
「洗わせて貰ったら、今日はそれで良いから」
耳元で囁かれる。
「ぞれだげ?」
「うんうん」
無邪気さ満開の笑顔…でもこいつ、成人してるん
だよな…が、やや気弱になった俺の手をぐいと引っ
張る。
「…どめで?」
「良いよ♪」
で、今風呂場にいるんだよな。カズミも裸で。
って、これって風呂場で致すって事じゃ無いの?
襲う気満々じゃねぇか!
と、思ってたら拍子抜けする程甲斐甲斐しく体を
洗われる。ミトンみたいな垢擦りを駆使して、かな
り丹念に。頭を洗って貰う時に何気なくみたら、全
然普通の状態。ああ、なんだと安心して…ふっと一
瞬眠りに落ち、かけて一気に目が覚める。
カズミが洗い残した部分の臭いを楽しそうに嗅い
でいたから。
「おい…」
湯気のお陰で随分呼吸も楽だから喋り易いよな…
じゃなくって!
「何でそんなところ嗅ぐのが楽しいかなぁ」
「鰯の頭も信心から。カゲリのコレも愛情から」
「なんだよ、それ」
「たまにこう言う臭いも嗅ぎたくなるんだよね。
好きな相手限定だけど」
で、雪崩れ込むかな…と覚悟決めてたら、見事に
肩透かし。指とシャワーと石鹸とで丹念に洗ってく
れるだけ。
「しねぇの?」
「襲わないって言ったじゃん」
却って寂しいのは、何でだ。俺。
そして日曜日は丸々カズミんちでゴロゴロぬくぬ
く。風呂で温まったのが効を奏したのか、風邪が見
事な程姿を引っ込めた。食事も栄養満点だし、風邪
薬も体にひったり合ってたし。
「念の為、明日まで休んでたら?」
親切心にはこの際しっかり寄りかかろう…と思っ
た俺の視界に、カズミの意味ありげな笑いが引っ掛
かる。ま、明日になれば完全復活だから、幾らでも
お礼はさせて貰おう…なんて、考えた俺はまだまだ
カズミの相手としては力量不足だったのかも。
で、2月3日の夜、俺の体にはなぜか海苔が巻きつ
いてる。そして、訳わかんねぇ方向に立たされて、
しっかりスタンバイ。
「ちょっ、カズ」
無言で睨まれて、あっさり黙らされる俺。だって、
おっかねぇんだもん。いつものカズミと、まるっき
り人が違うよぉ…。
そして意を決した様に頬張られる。無言で、只頬
張られるだけ。何の動きもなく、只カズミの口の熱
さが伝わるだけ。
そして、俺を口から出すと、大声で狂言風の笑い
…一体何なんだよー!!
「一度やってみたかったんだ♪関西風の節分の祝
い方って」
「で、何で俺に海苔を巻くんだよ」
「おいしそうだし、サイズも丁度良いし」
絶句した俺の前で、開かれる体。
「快気祝いだけど、要らない?」
要るに決まってるだろ。…莫迦。
(2003.1.8)