願ふ事


「蓉」
「ん?」
「小指、何な訳?」
「ヒロこそ、そのベルトって」
お互いに疑心暗鬼。でも、多分答えは同じなんだよな。
認めたくないだけで。
「答えあわせ、しとく?」
「いや、良いや。今日はこれで?」
「うん。今日はこれで」
それじゃあ、と伝票を掻っ攫ってさっさと席を立つ。
蓉は、目を合わせなかった。

七夕なんて、思い出さなきゃ良かったと思う。

*********

駄目だなぁ、と鏡を見て溜息。
「英、ゴメ」
『又間違った。EMIよ、兄さん』
「…オーライ」
『不安だったの?』
「別に。只の気紛れ」
『嘘ばっかり』
傍から見れば一人芝居。でも、俺にとっては大事な『妹』との交信。
彼女が居なくなってから距離が縮まるなんて、皮肉だよな。
『ゴメンネ』
「先に謝るなよ」
『でも、ゴメン』
「俺こそ。お前の彼氏盗っちゃったし」
『その点だけは予測できなかったわ』
そして、顔を見合わせて笑う。

『短冊、書こうか』
声が揃った。

*********

七夕でも、届かない願いはあるって判ってた。
だから短冊を書くつもりなんて更々なかった。
そう思いながら未練がましく向けた視線に入ったのは、紙縒りの束。
ふと思いついて、蓉と会いに行く時ベルトに紙縒りを結びつけた。
紙縒りが解ければその時したい事をする。
解けなければ?彼女が嫌がってるって事なんだろうな。

そして紙縒りは解けなかった。
蓉の小指にも、紙縒りは結ばれていた。

俺はどうすれば良い?EMI。

********

彼に短冊を渡そう。
そして、互いに紙縒りを解き合おう。
願いだけはとっくに決まっていたのだから。
夜道をGパン姿で駈けながら、俺は自分の気持ちを噛みしめていた。
(2003.7.6)

【コメント】
七夕を廻る三人の気持です。
好きと言う気持ちは、ちゃんとあるのに伝えられない。
…切ないですね。

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