「もう3年経ちましたのね」
杉原静音は茶室で一服立てながら問わず語りに話しか
けた。
「左様、早いものですな」
応えたのは門野貴邦。そう、天沼家の党首龍麿が患っ
て没してから3年が経過した。早いものだ。浅からぬ縁
があっただけに感慨深いものが胸に去来する。
「実は、今日この部屋にお招きしたのはお聞きしたい
事があったからですの」
「改まって、とは珍しい」
「故人もお墓に持って行かれてしまいましたし、私も
この件については口を閉じているつもりでしたけど…女
の好奇心と言うんですわね。自分に負けましたの」
「何の事をおっしゃられているのかな、はて…」
と言いつつ思い当たる節があるらしく、ご隠居らしか
らぬ妙に落ち着かぬ立ち居振舞いになる。
「母から一度聞いたきりだったのですが…。門野さん
に最初の春の手解きをしたのは天沼さんだったって、本
当ですの?」
杉原女史は夢見る乙女の口調と眼差しで、無邪気に問
いかけたのである。
そう、あれは確かに最初の春の手解きだった。貴邦が
確か13歳、龍麿はそれより9歳年長だった筈だから…、
22歳だ。
どう言う流れでそう言う事になったのか…。ああ、そ
うか。確か、朝小用を足しても股間の昂ぶりが収まらぬ
ので、その相談をしたのがきっかけだった筈だ。
「それは男になったと言う照明のような気もするがな。
朝起きた時、下履きが濡れていたと言うような事は無か
ったか?」
「寝小便をする歳ではありませんよ」
「違う違う。もう少し粘り気があって、臭う感じの濡
れ方だ」
言われてみれば確かにそう言う事のあった覚えがある。
その時濡れた物は流石に恥かしいので人目を忍んで捨て
に行った覚えもある。
「……」
言葉に詰まり、顔全体を赤らめた貴邦を見て龍麿が微
笑みかける。
「そうだな、もうそろそろ覚えても良い年頃だろう。
好きな女だって、居るのだろう?」
「病ではない、のですね?」
「無論だ。それはお前が子を造る事が出来るようにな
ったと言う証なのだからな」
「子を…。夫婦の営み、ですか」
再び顔を赤らめた貴邦の手に、龍麿の手が重なる。
「判っているじゃないか。でも、どうしたら良いか、
判らぬだろう?」
言葉と共に手がゆっくりと体を這い回る。
「さあ、体の力を抜いて…。怖い事は無いのだから…」
「まったく、母上はどう言う風に話されたのでしょう
な」
「貴方と天沼さんが口付けを交わす所をしばしば見か
けたと…。あれは確か天沼さんのご結婚の前、迄続いて
いらしたとか…」
「やれやれ、ご婦人は侮れませんな」
「事実ですの?」
「私も墓まで持っていくつもりだったのですがね。そ
の手解きも受けましたし、菊の操も捧げましたよ」
「ま」
今度は杉原女史が頬を赤らめる。
「其処までおっしゃって宜しいの?」
「あなた相手に今更隠しても無駄でしょう。…男同士
の交わりを持ったのは、今の今迄龍麿さん一人でしたが
ね」
話すだけ話して却って安堵したのか、悠々と茶を啜る。
「色恋、では無かった。欲を身近で払ったのでもない。
只、愛しかったのですよ。…今もって判らぬ、不思議な
感情ですな」
「門野さんの顔立ちも、端正でしたものね?」
「それも母上ですか…。確かに自分で言うのも何だが、
紅顔の美少年、と言う奴でしたな。香澄はその頃の自分
を思い出させるので、つい構いたくなりますよ」
「あらあら、桜井さんから嫉妬されましてよ」
「彼ももう少し愛想がよけれは…龍麿さんと似通うの
に」
「もうお年でしょう。お戯れは程々になさいませ」
日溜りのような微笑が向けられる。
「時に、何故この事を話題に?」
「蘇芳から相談を受けましたの。うちの生徒達が夢中
になっている『やおい』と言う事柄について。…私も蘇
芳も、まだ乙女を卒業したつもりはございませんし、ね」
鮮やかに、そしてあどけなく微笑む杉原女史であった。