聖母子悲しまないで。あなたに出会えた事が僕の幸せだったのだから。 僕は空気と同じになってしまうけど、あなたが望む限りずっと傍に 居るのだから。 マハ・カーリー。僕の女神。 都の唇には、まだ生々しくナンディの感触が残っていた。彼の命 の最後の炎を燃やしてしまった秘め事。彼の望みだとは言え、拒む べきではなかったのか?せめて、口付けで…、多分同じだ。 最後を悔む程ならば、最初から交わらなければ良かったのだ。再 びガンガの辺に立った時、彼の手を振り解いて深い水底へ沈んでし まえば良かったのだ。 私は彼が言う様な、女神の様な存在ではない。生かされてきた事 を知らずに、気付いても目を逸らし続けてきた愚かな『人間』だ。 女神だったら、彼まで死なせずに済んだのに。 「止めなさい!」 叩かれて紅くなるナンディの頬。彼に不意に口付けられたのは一 緒に暮らしだして3年経った頃だったろうか。 「何故?」 「其の行為は好きな存在とする事よ?」 「なら問題ない…」 微笑んで、後を続けようとする彼を力づくで押し返す。其の時だ けは、心に背いた肉体に感謝してしまう。 「私達は親子。判るでしょう?」 「其れが何?二人の問題なのに」 「…もう一つあるわ。私の体。判っている筈よ?」 言いたくなかった壁を提示しても、なお彼は微笑む。 「でも、カリはカリ。僕があなたを好きな事に、それらは何の 障害にもならない」 再び口付けて、今度は体を探って行く。 「ずっと、橋場に嫉妬していた…一つになりたい。これ、ナン ディの愚かな願い?」 深い、溜息。 「…愚かじゃ無い。愚かなのは私の方」 それだけ言葉を吐き出して、今度は都から口付ける。其れ以上 を求める体を押し付けて。 「一時忘れさせて。あなたで」 やがて重なる影と、秘めやかな息遣い。 それから、幾度肌を重ねたのだろう。其の間に橋場の事は忘れ 去ったつもりだった。あの男…猿渡に再会するまで。あいつは、 楽園の蛇の様に、私に心の影を植え付けていった。だからこそ、 帰るつもりの無かった国へ帰ってきたのだ。其れが、哀しみを招 くとも知らず。 「カ…リ…」 「しっかりしなさい。直ぐ医者を呼ぶから…」 都の叫びは、彼の首の動きによって退けられた。 「其れよりも…」 熱に震える体で都を抱き寄せようとする。 「死にたい、の?」 涙を浮かべて彼を引き剥がそうとする最愛の存在に微笑みかける。 「魂はずっと一緒。だから、したい」 都は、鏡の前に座って、ナンディと会話していた。 『私が間違っていたら、止める?』 『あなたの好きな様にすれば好い。僕はあなたを受け入れるだけ』 鏡の中のナンディは、悲しく微笑んでいた。 そして…。 (了) 《コメント》 『玄い女神』のイントロ的なもの。 二重のタブーを描くという躊躇いはありましたが、 「思いが純粋ならば」とあえて取り組みました。 少し重くなりましたね。でも、彼ならこう言った かも知れません。 |