十三年後

                     俺がその電話を受けたのは三人して東京に
                    今から帰る為に新幹線を待っていた時だった。
                     『クリ?』
                     「マツ!…じゃなくて…ぅー…」
                     『マツで構わんさ。良かったら…本当に良
                    かったらお前だけでももう一晩、居る気、無
                    いか?』
                     横目で京介の方を見る、と指先で面倒臭そ
                    うに促された。ま、蒼は試験もあるからこれ
                    以上長居はさせられん。それに、この尾道旅
                    行は寧ろ蒼の神経に負担掛けたみたいだしな。
                     京介は当然蒼について行くだろうし。
                     「よッしゃ!改札前で待ってるから」
                     まだ改札を潜って無かったを幸い、俺の分
                    だけ切符を払い戻して貰う。マツが車を持っ
                    ていたのであわよくばの期待をしつつ。
                     「いいなー、深春ばっか」
                     「高校卒業の祝いには、自由行動多めで組
                    むから勘弁しろや」
                     「ま、松尾さんによろしくね」
                     で、問題は京介が耳元で囁いたこの一言。
                     「焼けぼっくいには注意しろよ」
                     ひょっとして…まさか…なぁ…。

                     「悪かったな、色々と」
                     「ま、人間三十にもなりゃな。コップ、空
                    いてるぞ」
                     「あ、すまん」
                     で、マツ…いいか、今の名字は。電話か手
                    紙の時に必要な程度だし…の部屋でゆっくり
                    と呑み直し。S山荘では気まずくなっちまっ
                    て碌な話も出来なかったしな。
                     でも、愚にもつかない世間話や四方山話に
                    花を咲かせつつも、俺は京介の一言を思い返
                    していた。……あいつ、俺とマツの過去まで
                    悟ってやがったのか?サトリみたいに。
                     そう、俺は一度だけこいつ、松尾秀樹に押
                    し倒された事がある。あれは高二の春だった
                    か。

                     確かその時も他愛も無いじゃれ合いがきっ
                    かけだった筈だ。只違っていたのはお互い余
                    りに熱を上げすぎて、一歩も譲らなかった、
                    と言う点。
                     気がつけば組み伏されて、喰い付きそうな
                    目で睨まれていた。
                     「マツ?」
                     呼びかけてみたが息を荒げるだけで視点は
                    全然動かない。その内布越しに何やら怪しげ
                    な気配が伝わる。まさかこの体勢って…背中
                    が冷や汗で濡れているのを正しく感じつつ繰
                    り返し呼びかける。
                     「…あ、悪い悪い。つい熱が入っちまった」
                     三度目の正直で正気(?)に戻ってくれた
                    ものの……その日から俺が体を鍛える決心を
                    したのは言うまでも無い。
                     そう、現在の俺の体型…蒼曰くのヒグマを
                    造るきっかけは、マツが造ったと言っても過
                    言ではないのだ。

                     でも、其処まで考えてふと思い直す。
                     よしんば昔のマツがそう言う動機で俺を押
                    し倒したのだとしても、其れは飽く迄も十代
                    の性の暴走って奴の延長で、自分の姉さんと
                    俺を会わせようとしたこいつが、今の俺にそ
                    う言う感情を抱く訳が無い。
                     今となっては体型的に言うと、マツを押し
                    倒してしまいそうなのは俺だ。どうも外見は
                    順当に歳を喰っちまったらしく、額はあの頃
                    よりやや後ろに下がり、腹も少し出ている。
                    哀しきかな、中年の入り口って奴だ。
                     まあ、蒼や京介に言わせると、
                     『其れも深春の魅力じゃない?』
                     って事になって、つい戴かれてしまう。
                     まあ、様子見ってとこかな…と思った時だ。

                     「クリ……男とってのは…抵抗あるか?」
                     ……おーい、京介。何処でサトリの修行積
                    んだんだぁ?

                     で、結局肌を重ねてる。マツが下になって。
                     『最初は、姉貴の為にクリを呼んだって、
                    思ってた』
                     ポツリポツリと、服を脱ぎ捨てながら、問
                    わず語りの様に。
                     『でも、山荘で一緒に風呂に入った時、自
                    分でもまさかって思った。クリの体見て、又
                    欲情したんだ』
                     『又?』
                     『高二の春。忘れてるか』
                     『悪いが、思い出した』
                     『その時は自覚してなかったけどな。尾道
                    に来て暫くしてから自覚した』
                     お互い、一糸纏わぬ姿になって…視線が絡
                    み合う。ゆっくりと鎌首を持ち上げて行く分
                    身達。
                     『気の迷いだって、ずっと思ってたけどな。
                    でも今でもついあの時の事を思い出して、一
                    人でしちまう。で、クリと風呂に入って』
                     すっと息を呑む。
                     『欲しい、って自覚して、混乱しちまった』
                     『それだけ姉さんが大事だったって事か?』
                     『いや、姉貴の件を口実にしてた事に』
                     もう、すっかり立ち上がった分身に手を伸ば
                    す。自分だって言えた義理じゃないが、かなり
                    濡れている。
                     『お前に押し倒されたショックで、この体型
                    になったんだからな』
                     『でも、抱かれ心地は良さそうだな』
                     『念の為に聞くが』
                     『快感優先で頼むな?自覚間もない初心者だ
                    し』
                     『努力する』

                     で、無事開通の翌朝、素肌にエプロンを纏っ
                    ているのは俺だったりする。マツはベッドで腹
                    這いになって起き抜けの一服。
                     「会社への連絡、良いのか?」
                     「電話持ってきてくれれば自分でする。…い
                    い運動だよな」
                     「若さ故の特権かもな」
                     共犯者の様に笑い合う。
                     「十三年目の初体験、か…」
                     「悪かったな、初物じゃなくて」
                     「俺が初体験って納得してるんだから…水、
                    注すなよ」
                     秀樹が、少し不満そうに笑う。
                     「時々、会えるか?」
                     「時々なら、な」
                     この歳になって覚える道ならぬ背徳感。一
                    種のスパイスだといえば、虫が良すぎるだろ
                    うか?


                     《コメント》
                      コミック版に準拠したネタばれです。
                      あの松尾さんの美形加減についフラフ
                      ラと書いてしまいました。
                      でも同時に深春の年齢も思い知らされ
                      たんですけどね(苦笑)

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