INSIDE…

                    「や、暫く」
                    「……何方様で?」
                    我ながら随分間抜けた受答えだと思う。
                    でも、次の瞬間著しく狼狽して金魚の呼吸を
                   繰り返すとはね…。
                    「行こっか?」
                    「……ホテル?」
                    「バーカ。サテンに。カズミのより落ちるけ
                   ど、良い店知ってるから」
                    逆襲を狙ったつもりが、見事にあしらわれて
                   しまった。

                    それにしても……。
                    「化けたよなァ」
                    「そう?」
                    「前見たときはあいつでしかなかったけど、
                   さ」
                    其れで吃驚して、久し振りにカズミに連絡と
                   って…んで、こいつとも再会したんだよな。
                    Emiの双子の兄貴、鷺沼蓉に。
                    で、今のこいつの格好。見事なまでにスリッ
                   トの開いた濃紺シルク、ロングのチャイナドレ
                   ス。髪と化粧は確り「男装の麗人」風。……餓
                   鬼の頃に一度だけ行った宝塚に居たっけなぁ、
                   こんな美人。
                    一瞬判らなかったのはその余りにも体の線が
                   はっきり判る服装の所為。悪いけど、先入観が
                   如何しても入るんだよな。特に前とか。
                    「まるきり判らなかった?」
                    「もう完敗。あいつ等だって判んないと思う」
                    「カズミとカゲリ?」
                    「そ。あいつ等ホントに仲良くてさ…カズミ
                   とダチになったのは俺が先だっての!其れをま
                   あ、昔から傍に居る様に…」
                    「悪い」
                    「……鷺沼に言われてもな…」
                    まあ、Emiの件で蟠って、カズミと距離を
                   置いたのは他ならぬ俺自身だしな…でも…だー
                   っ、もやもやする!カゲリが悪い奴じゃないっ
                   て判ってるだけに、余計に苛立つ。あいつとは
                   妙に馬が合うんだよな。カズミ効果かも知れん
                   が。
                    多分Emiの事が無くてカズミと釣るんでた
                   ら…如何にかなってたんだろうな。多分、その
                   意味で。
                    今だったら確信できる。そう、今なら。
                    「……おーい、帰って来いよ。白昼夢か?」
                    軽く頭を叩かれて我に帰る。にしても、
                    「どう言う訳なんだ?その格好」
                    「Emiに演義指導して貰ってた」
                    事も無げにさらりと言う。でも、俺には多分
                   判る。その台詞を言えるまでのこいつの葛藤。
                   其れは、俺の中のEmiへの葛藤と、きっと同
                   じだったろうから。
                    「今、居るのか。彼女?」
                    「居るよ。だから、君を見かけたときチャン
                   スだと思った」
                    柔らかく微笑みながら、静かに言う。
                    「抱いて欲しい。『彼女』を」

                    そして、今。ホテルの一室に居るのは流れじ
                   ゃなくて合意の上。シャワーを浴びるなんて手
                   順を踏むつもりは、先方も考えてなかったらし
                   い。部屋の中に入るなり、抱き合って、キスを
                   する。
                    ………?当る筈のものが……?
                    「待って、ヒロ……一寸…」
                    鷺沼はそう言ってスリットから指を滑り込ま
                   せ、下着を弄る。そして引出したのは、細身の
                   紅いリボン。そして、その序でとばかりに下着
                   を取り去ると、元気良く布地が持ち上がる。
                    「今のキスで一遍に興奮しちゃったから」
                    「……どうやってたんだ?」
                    「分身の首にリボンを括りつけてね…其れを
                   後に回して下着に結んで遣るんだ。丁度後ろ向
                   きに挟むって感じかな?結構一般的な誤魔化し
                   方らしいね」
                    「何か、聞いてると凄く痛そうなんだが」
                    「だからサテンでも一寸辛かった。ヒロと話
                   してる時、僕が欲しくなっちゃったからね」
                    「鷺沼?」
                    「今は、Emi」
                    「E……mi」
                    「良く出来ました」
                    微笑んで、改めて深くキス。そして、耳元で
                   聞こえる囁き。
                    「ヒロ…君…お願い…」
                    Emiの声。忘れもしない『彼女』の声。俺
                   の中の理性が目を瞑るには余りにも充分だった。

                    二回、貪って浅く眠った後だっただろうか?
                    ベッドの横の空間に気付いて、壁の方を見る
                   と、壁に凭れて煙草を喫ってる鷺沼が居た。さ
                   っきまで『Emi』だった肉体は、今はもうち
                   ゃんと『鷺沼蓉』に見える。
                    「起きた?」
                    「ああ。……壮絶だな」
                    「彼女への愛の証だと思っておくさ。僕も最
                   後の方は便乗したけどね」
                    「ん、判ってた」       
                    鷺沼…蓉の声が聞きたくて、ベッドを抜け出
                   して、並んで凭れかかる。無言で奴の煙草…ス
                   ーパースリムのメンソールを一本抜き取って銜
                   えると、即座に差し出される火。
                    言葉を紡ぎだすまで、半分を灰にした。
                    「蓉って、呼んでいいよな?」
                    「良いけど?」
                    声に混じる不審。ま、俺にしたって不測の事
                   態だしね。告っとくかな。
                    「俺も、二度目は判ってて蓉を抱いた」
                    「一度目は?」
                    「勿論Emi、のつもり。でも、何処か違う
                   なって思ってた」
                    「……御免」
                    「何故謝るんだ?」
                    「洒落になってないから」
                    煙を吐き出して、顔を膝に埋める。
                    「子供じゃないんだから…妹の恋人欲しがっ
                   て如何するんだろうね、全く」
                    「良いんじゃない?俺だったら」
                    「自信過剰!」
                    顔を見合わせて苦笑い。Emi、良いよな?
                   お前の兄貴、貰っても。一緒に歩いて行くつも
                   りだし。
                    視線から唇、身体と絡み合う。そして不意に
                   感じる、開かれる感覚。
                    「良い?欲しいんだけど」
                    「条件がある」
                    「何?」
                    「Emiのつもりで、抱いてくれ」
                    この程度の我儘、良いよな?


                    《コメント》
                      此れもネタばれからのお引越分。
                      消化不良気味だった部分を掘り下
                      げたつもりが、一寸不発になった
                      様な。こう言う逆転、お好きですか?

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