「ねぇ西之園さん、縄もってない?」
浜中は部屋に入ってくるなりそう言った。
今日の浜中はいつも通りの明るい色のパーカーを
着用している。
「え…無いですけど…どうしたんですか?」
萌絵はいつものように犀川の部屋で時間をつぶして
いた。
勝手知ったる人の部屋。最近では大学にいて、暇な
時はここにいることが多い。
「いやね、ちょと堅豆腐の実験でもしてみようと
思って。」
「堅豆腐?なんです、それ。」
萌絵の聞いたことの無い名前だった。おそらく
堅いのだろう。
浜中は少し困った顔している。
彼自身ももしかしたらよく理解していないのかも
しれない。
「んー、なんかお土産にもらったんだけど…縄で
しばっても形が崩れない、って言う豆腐らしくてね。」
なるほど。
そんな時、ドアの小窓の向こうを国枝が通っていった。
「あ、国枝先生、縄持ってません?」
浜中がこれぞとばかりにドアを開けて問い掛ける。
国枝はいつものようにクールな表情で浜中を見ると
コクリ、と頷く。
「持ってるわよ。ちょっと待ってて。」
そう短く答えると自分の部屋に帰り、縄を持って
きた。
その手には使い込まれたかのごとくしなやかな縄。
「はい、これ。実験が終わったら返してね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
浜中が帰ると今度は入れ違いのように洋子がやって
来た。
洋子はこれでもか、と言うほど厚着だ。
彼女は極度の寒がりで、以前夏合宿にコートを
持ってきた女として学部内では恐れられている。
「ねぇ萌絵ぇ、蝋燭持ってない?」
蝋燭?
縄も謎だが、これもまた謎だ。
大体電気があるではないか。
「院生室の非常袋を作ってたんだけど…蝋燭なんて
無くて…」
これまたなるほど。
「うーんと国枝先生なら持ってるんじゃないかしら?」
先ほどの例もあるし、国枝ならもしかしたら持って
いるかもしれない。
そこにまたもや(笑)国枝がドアの外を通りかかった。
「蝋燭持ってませんか?」
洋子の問いに国枝はまたも持っている、と答え
自室へ帰っていった。
「良かったわね、洋子。蝋燭なんて最近はコンビニ
でも細いのしか売ってないものね…」
萌絵の言葉に洋子も同意したような表情で語りだす。
「そうなのよ。コンビニで売ってるのって墓参りに
使うような細い奴ばっかりで…もしかして国枝先生も
細いのもって来るのかしら?」
聞かれても答えられるワケがない。
萌絵が首をかしげていると国枝が入ってくる音が
聞こえる。
「はい、これでいいよね」
国枝の手にあったのは非常用にも使える太い蝋燭。
「そう、こういう太い蝋燭が欲しかったんですよ!!」
洋子が犀川の部屋を出ていったのを見計らって萌
絵は疑問を口にすることにした。
「よく色々持ってますね…」
萌絵の言葉に国枝は困った様な表情をしている。
「うん、まぁ縛ったり、たらしたり、使い勝手
いいから。」
国枝にしては不明瞭な言い方である。
しかし……縛る?たらす?
そう言えば先日見たHPにもそんな話が載って
いたような。
「じゃあ私はこれで」
国枝が帰った後も萌絵は考えた。
そしてある結論にいたったのだ。
「!!」
そうとしか考えられない。
縄と蝋燭…今度はムチとかも持ってるか聞いてみよう。
「そう言えば旦那さんは気の弱そうな高校教師だって
犀川先生が言ってたわね…」
にやり。
萌絵の頭はこれとない程高速回転した。
これは楽しいことになりそうだ…。
後日。
西之園萌絵による同人誌第二弾
『国枝桃子のSMな日常〜悪戯な高校教師と大学助手〜』が
発表された。
国枝は最近学生からの視線が違うことに気付いてはいた。
しかし彼女にしては珍しく、聞くのが怖かったのだ。
「国枝君、これ知ってる?」
その疑問はニヤリと笑った犀川の持っていた
本によって氷解した。
「…犀川先生、いつから知ってたんですか?」
「僕もさっき西之園君が机の上に置き忘れてたのを
発見したんだよ。いや、おもしろいね、ふ〜ん」
前回教えなかった報復だろうか、今日の犀川は意地悪だ。
そこで国枝は…怒りの矛先を犀川に向けることにした。
「ま、待ちたまえ国枝君。まさか君、本当に…ぎゃあ!!」
彼女の手には縄と蝋燭…そしてムチ。
なんと萌絵の空想は大体事実だったらしい。
「ぎゃあああああ!!!!」
犀川の悲鳴がN大校舎に響く。
「犀川助教授。このことは黙っていてください。
黙らないとヒドイです」
その後犀川がこの事実を話すことはなかったという…
めでたしめでたし。